Ability to respond それが責任


インドのヨガのオンラインコースを受け始めて一発目の頃の解剖学のクラスで、まず度肝を抜かれた先生の一言。


「先天的なものや事故で起こったものを除いて、あなたの怪我、あなたの病気、あなたの痛み、それは誰の責任?自分の責任です」←言い切り。


😱😱😱


可愛くて髪の毛がサラサラで美しいボディラインを余すことなく見せて、ルルレモンのヨガパンツを履いて、初対面で生徒さんの下の名前をさん付けて呼ぶインストラクターさんが、


「自分を愛してあげてください💕」

「自分を甘やかしてあげてください💕」


っていうのがヨガ、というイメージをしていた私。


また、お客様は神様です、の資本主義世界ではなかなか聞けないよ、あなたの痛いところは全部自分のせいです、なんて。


この痛みは、仕事のせいではなく自分のせい、食習慣も。生活習慣も。体の動かし方も。考え方も。無知も。全部含めて。ストレスに気がつかないのも。ぜ〜んぶ自分の責任。


私の好きなSadhguruというすごいヨギがいて、YouTubeで色んな動画を出してるんだけど、本も出していて何冊か買いました。

このうちの一冊。

Inner Engineering という本。




よく人のことはコントロールできない、できるのは自分だけ、と耳にしますけど、これ聞くと毎回自分にできることはとても限られたこと、という印象を持つんです。


このSadhguruが言うには、自分の外のことは絶対に100%コントロールすることはできない、しかし自分の内面について間違いなく100%コントロール出来るのだ、と。


その本の中には、


「Resonsability 責任、とは特に西洋文化では責められるべき人、という解釈で捉えられているが、言葉本来の意味は、Ability(能力) to respond (応える)、という意味。

Ability to respondとは応える能力を持つ、つまり解決力を持つ、ということ。


悲しいことや自分の意に反することが起こった時に、自分にできることは二つしかない。

ただ、悲しい事柄の犠牲者になって生涯その傷をなめて生きるか、悲しい出来事に対応して解決する強さと知恵を手に入れて生きるか。


片方は悲しみから解き放たれることはなく、もう片方は自由を手に入れる。」


そんなことが書いてあります。

(かなり端折り訳です。笑)


これベースだなぁ、と。

ヨガの解剖学のクラスの先生の話は、人間の体は驚くほど精巧に作られていて、何か不調和が起こると即座にサインが出る。


心拍が上がる、強ばり、痛み、顔色の変化、など。

そこでは調和を取り除くと、これまた精巧に直ぐにサインが消える。


からして、そのサインにも気がつかず、不調和に気がついても無視して、慢性的になり、それが大きな怪我や病気になってしまうと、ここからは元に戻すのはとても難しいのだ、と言う話に続きました。


その怪我や病気の犠牲者となって残りの人生、傷を舐めながら生きるのか。

それともResponsabilityを使って乗り越えて更に強く賢くなるのか。


ううううう。

どちらもまだ自信がない私は、取り急ぎ、小さな不調和に気がついていくことから始めることにしたわけですぅ。。。


なますて。






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